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発信主義。:「抱えるくらいなら、発信【発進】せよ」 **** mistyの目に映る様々な社会現象を、考察・検討を通してグダグダ考えましょう。

フルハウスは嗤う

   

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幸福

こんぱら! 風邪が治りませんmistyです!

今回は、限りなく日記、というより雑感に近い内容です。 mistyが、中2病にかかってまたそこから脱却したっていう体で、お読みくださいww

それでは\(^o^)/

@幸福

 筆者は、絶対的な価値観を失っている。 「戦争は止めよう」とか、「人類のために生きよう」とか、「地球のために生きよう」とか、「命を大切にしよう」とか、あらゆる常識的な価値観が、筆者からは失われている。

 というのも。

 例えば、「戦争は止めよう」という価値観。極論を言えば、「ありとあらゆる戦争=物理的紛争」は、ダメなのか? と、懐疑してしまうからだ。 国家Aと国家Bが戦争を起こして、国家Aが勝利したとする。おそらく、敗戦国である国家Bは、国家Aに内包されるかもしれないし、その内包の際、非常に多くの犠牲が出るかもしれない。しかし、だ。 長い目で見た場合、誰が、”国家Bがあった頃はよかった”と断言することができようか? もしかしたら、国家Aによって内包=支配されている方が、全体的にはいい効果を生み出すかもしれないのだ。国家Aが表明する憲法的価値は、国民Bにとって国家Bが表明していた憲法的価値よりも、相対的に優れているとしたら。 すると、国家Bは、戦争に参加し、負けることによって、逆に利益を得たかもしれないのだ。

 ありとあらゆる「NO!Wars!」は、このような意味において、筆者個人の絶対的な価値観足りえていない。言い訳しておくと、戦争の際に必ず生じる犠牲(徴兵、死、家族との離別、民族的アイデンティティの崩壊etc)を無視するということではない。しかし、敢えて言わせてもらうならば、”理にかなった”戦争も、あるのではなかろうか?
 そう疑ってやまないので、「戦争は止めよう」というスローガンにはたちまち立脚し得ない。

 「人類の為に生きよう」というスローガンも、筆者にとっては絶対的な価値足りえない。 ”人類”と限定してしまっていることで、簡単にいえば人類以外の存在生命、つまり動物や植物といった諸々の生命体が考慮から外されてしまっているのではないか? ということだ。人類が人類のためだけに生きていて、それでよいのだろうか? 何かチガう、と筆者は思ってやまない。

 「地球のために生きよう」。 人類と、その他の生命体の持続可能な発展のために―。 これも、実際のところ、よく分からない。次の、「命を大切にしよう」とも関わってくるのだが、「命を大切にする」という主義は、一体何をもたらすのだろう?
 結局、地球の持続可能な発展というのも、この私たちの「命」をなるたけ長く引き延ばそうとする考えに過ぎないのではないか、と懐疑してしまうのだ。
 「命」が与えられて、しかしこの命とは一体何なのだろうか。生とは。 私たち、人間や動物や植物、無機物が存在することを保持することは、何の役に立つのだろう。そこがよく分からない。


 こういう事をぐるぐるめぐっているうちに、ある一つの着地点に辿りついた気がする。
それは、「各々の幸福を守ること」。
 これは、筆者にとって、一つの指標足りえた。そんな気がする。

 承知の通り、”幸福”の定義なんて、本当にひとそれぞれだ(かつ、こんなに曖昧な概念も他に例を見ない。「自由」よりも多義的ではないだろうか)。 恋愛している時にあー幸せやなーと感じる人もいれば、仕事している時に幸せを感じる人もいる。 動物の幸福とは何だろう。植物の幸福とは何だろう。
 しかし、”幸福”は、確かに私たちの存在一般に、不思議な活力を与えてくれるのである。原動力ともなる。ほんの一瞬しか感じることのできないものかもしれないけど、”幸福”は確かに私たちが所与の生を受け、そしてある程度能動的に各々の道を歩むときに、そっと後押しをしてくれる。

 注意しておかなければならないのは、多義的な幸福の中にも、「それはアカン!」という幸福も当然にある。 殺人によって幸福(=快楽)を得る者、ドラッグによって幸福(=快楽)を得る者。 詳細は省くが、特に前者はリアルにダメだ。他人格を殺してまで自己の利益のみを図ろうとするのは、社会的な見地からいってアウトだ。

 まとまりがよくないが、ひとまずこれにて筆者は本稿を閉じようと思う。 「各々の幸福を守る」。 このスローガンのためなら、筆者は存分に生きてもいい、そう痛感した。

misty @

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理にかなった戦争

  • by A子
  • 2011/07/05(Tue)02:52
  • Edit
それちょっと前に考えてたんだー。
過去の植民地経験あって今の繁栄があるわけで。当時の犠牲があって今がある。
当事者にはたまったもんじゃないけど。

無題

  • by A子
  • 2011/07/05(Tue)03:10
  • Edit
それちょっと前に考えてたんだー。
台湾香港日本然り、過去の植民地経験あって今の繁栄があるわけで。当時の犠牲があって今がある。
どんな国にも犠牲を被る人がいて多くの人のいくつかの側面の『幸せ』が成り立ってる。
実際その犠牲の当事者になってみなきゃわかんないことってあると思う。

>A子

  • by misty
  • 2011/07/07(Thu)00:52
  • Edit
コメントありがとう(*^。^*)

 この自分の記事読み返してたら笑ってしまったww
 あのね、僕は、今の40代~60代の現役でバリバリ働いてる人(公務員であれ民間企業であれ)は、割と強め=絶対的な価値観を人生の軸に置いて、生活しているように断然見える! というのが大前提にあるのね。
 そのうえで、シラケ・スキゾ・新人類とか言った言葉の更に延長線上に産まれている僕ら世代にとって、”人生における価値観とは何か?”と問うてみると、意外に出てこなかったりする。相対的価値観というよりむしろ、「価値観など一切ない、というのがただ一つの価値観だ」みたいなね。

 ”犠牲”か…。 僕も、色々な所で「犠牲」だとか「社会的被害者」だとか広く薄く感じるな。それをバネにして生活している所があるけど。

 みんながみんな犠牲者になるという状況は起こりにくい世の中、個々が「どう犠牲を感じ、またそれをどう改善させたいのか」を伝えて、んで相互理解でーというのが理想なのかな。
 荒いコメント返しでごめんねっ\(゜ロ\) 笑

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自分哲学すること。
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映画鑑賞。静かな空間。くたびれた電車の中。美術館。
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*苦手なモノ・コト
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