こんぱら!mistyです。
えー、またまた短編小説を投稿します笑 これ、ブログの意味なしてるんだろうか…笑
「符合へのかろやかな挫折」。 とても速く読めるものだと思うので、お楽しみください♪
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符合へのかろやかな挫折
僕はちょうど、ジョディー・フォスター演じるクラリス・スターリングが、レクター博士の元を訪ねるために、彼の居る精神病院へと案内されるワンシーンを思い浮かべていた。もっともそれは全く的外れな空想だったし、あんなに重々しい病棟とは似ても似つかないけど。日曜日の大学校舎は、とにかく人気がなく、その空虚な香りをあたりにじゅうぶんに漂わせている。
大学の研究室での簡単な用事を終えて、僕は一階の渡り廊下まで出て、立ち止まった。灰色のコンクリート仕立ての壁や床は、確かに物語ることがらは少ないのだけれども、僕にある種の安定した柔らかさを与えていた。静けさは、美徳の一つだ、と思うから。
教授の不敵な笑みに関しては、特に思うこともない。彼と僕との、ひどくつまらない一つの約束を、無難にこなしただけだ。日曜日、ガラガラになった大学校舎の中で一人楽しそうに自分の研究室にこもる教授は、確かに楽しい人生を送っているのかもしれない―。僕の予想できる範囲をはるかに超えた所で。でもそれは、今の僕にとっては何らの影響も及ぼしはしない。今後とも、彼との継続的な関係は続いていくのかもしれないが、それだからといって日頃教授のことを頭の片隅に置きたい願望が起こるわけでもない。
さて、図書館にまた戻ろうかな。灰色の床ばかり見つめていた僕は、ふっと上体を起こす様にして体勢を立て直した。視点の右端に、女子高校生―中学生でないのは一目して判別ができるほどの容姿―たちの姿がとまった。
「えーっと、どこだっけ…」「よく分かんないよ。」「あっちの方向がよかったんじゃない?」
オーソドックスな紺色の制服に、厚手のイエローオーカー色のコートを羽織って、様々のマフラーを首に巻きつけている。背も同じくらいの高さの娘たちが3人集って、日曜日のお暇な大学キャンパス内を、うろうろしていた。
一応受験シーズンではあるし、はっきりとしたことは分からないけどそれ絡みのことなんだろうな、こんな人気のない日に、本当に珍しい。そう思って、僕はポケットからシルバーの鍵を取り出し、自転車のロックを外した。
その時僕はふいに、「大学」の英語の綴りがどうだったか、気になった。univercityだったか、universityだったか、univerrcittyだったか…。気にし始めると、それが止まらなくなる。大学生にもなって、「大学」の綴りくらいパッと出てこなくてどうするんだ。
辞書に頼れば一発だし、でもそんな短絡な解決法で処理をしたくなかった。しょうがないので、自転車にまたがったまま、僕はすぐ近くにある大学掲示板の粗探しをはじめた。「大学」の英語表記があれば、それで問題は解決する。
リシュウシンセイのお知らせだとか、試験の答案についての注意事項だとか、日本語のみで書かれた非常に面白くないチラシばかりが、そこには無計画的に貼り出されているだけだった。英語表記の紙媒体は、どうやらすぐ近くにはないのかもしれない。
掲示板の前でそうやってうだうだとしていると、さっきの女子高校生たち―3人組―が、ちょうど僕の目の前を通り過ぎた。そのうちの一人の、黒色の長い髪が印象的な娘と瞬間目が合った。純粋で、透明な瞳だったと思う。決して近くない存在。
当然僕は、その娘たちが持っている、脳内にある情報検索システムの利用を考えないわけにはいかなかった。「大学」の綴りが分からない。そんなことは、繰り返す様に辞書で調べてしまうのが一番手っ取り早い。でも、この娘たちに聞けば…。“大学受験で忙しいと思うんだけど、「大学」、ユニバーシティの綴りってどうだっけ?”の入力を行えば、それなりに正当な答えが返ってくるかもしれない。
4年前のあの頃の僕たちと、会話するのなんて、いつ以来だろう。
高校生たちは、べらべらと話を進めながらも、どこかの方向へ向かって歩みをしっかりと進めていた。掲示板の前で立ちすくむ僕は、そこに緊張も不安も一切なく、この問題解決―「大学」の正確な綴りを知りたい―をどうしたものか、と悩むばかりだった。女子高校生たちは、ゆっくりと、慎重に、離れて、遠ざかってゆく。
そうして僕はしばらくたって、いよいよ携帯を取り出した。ネットに接続し、トップ画面から「大学 英語 綴り」と入れて検索をする。すると、どこかしらの大学の携帯サイトにつながって、○○ university の画面に辿りついた。
あっけらかんとして、こんな小さな度忘れは10秒もすれば解決をする。それに、早く図書館に戻って中断していた作業を再開もさせたかったし。
自転車のハンドルを握って、キャンパスの門に向かった。そこで、おそらく最初で最後の、女子高生たちとの邂逅を目の当たりにする。相変わらず笑いの絶えない彼女らに、僕は、何かしら声をかけようとした。
「こんにちは、大学を探検しにきたんですか?」
だけど、ついにこの言葉は僕の口から発せられることなく、僕が彼女らの意識を引く前に彼女らは僕が進むべき方向とは違う道に、歩みを寄せていた。僕は門のほうを真っ直ぐ向いて、ややもして自転車を勢いよく漕ぎだした。
彼女らの頭の中にあったであろう、彼女たち自身の「大学」の綴り方は、それでも気になった。もし僕らの会話が成立していたならば、彼女たちはどんな答え方を示してくれただろう。
今日は曇り空。空虚なキャンパスの中で、人間は閉鎖的で同時に開放的な関係の中をあわただしく過ごしている。(終)
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misty @
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