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発信主義。:「抱えるくらいなら、発信【発進】せよ」 **** mistyの目に映る様々な社会現象を、考察・検討を通してグダグダ考えましょう。

フルハウスは嗤う

   

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不完全性のなぞなぞ 2 (完)


おはようございます、mistyです。
はやくも(?)、前回の続きです。

8人が完全で2人が不完全(その程度は、0割という相当なもの) /全員が不完全(その程度は、8割という限りなく10割に近いもの)

 ・・・どちらがいいか?

 ということですが。
ここで、またある一つの事柄を定立してから話を進めたいと思います。

d: 「人は、なるべく「完全」を手に入れたいと欲する(ものである)」

 これはつまり、0.3よりも0.5、0.7よりも1、1よりも3を選ぶ、といった感じです。このd条件を前提として、さらに

b' 8人が完全で2人が不完全(その程度は、0割という相当なもの) /c' 全員が不完全(その程度は、8割という限りなく10割に近いもの) と記号を置きます。
以下。
 

b' どこかに、完全状態を満たした人と、そうでない人との線引きをするものです。
その、線引きのやり方が、ここでは大きな問題となってきます。

(i) ’理にかなっていること’を重視する社会の場合

 このとき、線引きのやり方は慎重でなければなりません。 8人と2人を区別する方法が、できる限り理にかなっていなければ、「不満」が、遅かれ早かれ出現します。

 前回記事でみたような、ジャンケンはどうか?
 ジャンケンは、ある一つのルールです。 何に対するルールかというと、物事の勝ち負けです。
じゃんけんで負けたからといって、「そんなことはない!」と、現前の事実を否定することはできません。

いわば、強制的な方法です(が故に、決まりやすい、その意味で簡素な方法であると言えるでしょう)。勝ちと負けをはっきり決める。
 決まった後で、不平不満はなかなか言いにくいシステム、ともいえます。

ということは、これは、ジャンケンは、それをする前が大事となってきます。つまり、ジャンケンで本当に決めてよいのか?という問い。

 りんごの例でいえば、これはジャンケンで決めて良い事柄の範囲内とも思えます。
しかし、例えば、国家からの社会保障であればどうか?(月一で、国家保障手当として1万円がもらえるか否か、とか) 参政権の付与であればどうか? 地球環境に対する取り組みを決定する場では?

 このように、人にとっての、重要度の度合いによって、ジャンケンの方法は、疑わしくなったりそうでなかったりします。 つまり、重要度が低いほどジャンケンのような強制的な方法でもいいや、とする一方で、重要度が高いほど、ジャンケンのような粗雑な方法ではいけない、となるような意識システムが働きそうです。

 理にかなっているかどうかを重視する社会では、いわば当然とも言えるかもしれない。

 さて、いずれにせよ、ジャンケンは、このとき多数決の原理と結びつくものでありました。
勝ったものが多く、そしてそのものの完全を獲得できる、負けた者は、少なく、不完全を入手する。
何かを「多いもの」と「少ないもの」と分けるときは、それが理にかなっているか/合理的であるか が、強く問われると言えます。

 逆にいえば、それが理にかなっていると言えるほど、多数決の原理を当てはめた線引きの仕方は、正しく、したがってそれに従わなければならない、ということになります。

選挙、というより投票を例にとって、かなり抽象的に、話の引き合いに出します。
 りんごの場合と同じです。
 投票権が8つあって、人は10人、とします。

ちなみに投票は、今の日本の社会体制では、1人1票が大原則ですから、上の例はすでに「不完全」になっているということができます(しかし現状を見れば、毎回の国会選挙などでは議員不定数問題が起こっているように、この大原則とは必ずしも一致していませんよね。)。

 このもともとが不完全な状況を、分配して、なんとかマシにしようとする中で、完全/不完全 の線引きをハッキリ決める。

 歴史的には、代表的なものとして、年齢をその線引きに使うものが多かったですね。現行法でもそのような態度が、タテマエとしてはとられています(投票権は、成人以上!
今もです。 「青少年には、政治を判断する能力が成人に比べて欠けている」という話をもってくるわけです。

 これを、仕方ない=理にかなっていること、だと、構成員のみんなが認めれば(「みんな」が、という条件は、民主主義の要請に基づくものです、後述。)、OKなわけです。

A、B、C、D、E、F、G、H、I、Jの十人のうち、BとFが非・成人であれば、
残りの8人に投票権を付与し、2人には与えない。 これで、OK(理にかなっている/正しい/合理的である)、となるわけです。

 この投票システムではさらに、民主主義の要請が働きます。 上の、投票権は成人以上のルールに、誰か1人でも不満を抱いている者があれば、それは、その人からみると合理的ではないという状況になるわけです。

 e.:(民主主義の根幹) → 人一人の権利や能力というものは、基本的に同じである。そして諸々の決定の場では、ゆえに、なるべく構成員全員の意見や主張に従う必要がある。

eが崩れている、または存在しない条件下ではどうか。

例えば、身分制。 フランス中世の、アンシャンレジューム等。
アンシャンレジューム(旧体制)下では、第一身分/第二身分/第三身分 と、人が3つに実質的に分かれていたとされます。 つまり、第一身分と第三身分とでは、権利や能力の量と質が異なるわけです。

 第一身分の人の能力を3、第二身分を2、第三身分を1、とします。

先ほどの例ですが、第一身分をA、第二身分をB・C、第三身分をD~Jの5人とします。
ランダムに、配分します。
 例えば、8を、2・2・1・1・1・1に分ける。それを誰かに与える。
A 0 B 2 C 1 D 0 E 1 F 2 G 0 H 1 I 0 J 1

 この場合、完全状態にあるのは、B、E、H、Jの4者/不完全状態にあるのはA、C、D、G、Iの5者/超過にあるのはFの1者となります。

 3・2・1・1・1・1・1に分けてランダムに配置すると、
A 3 B 0 C 1 D 1 E 1 F 0 G 2 H 0 I 1 J 1

 この場合、完全状態にあるのはA、D、E、I、Jの5者/不完全状態にあるのはB、C、F、Hの4者/超過にあるのはGの1者になります。

いずれにしても、ジャンケンの時の8:2にはならず。つまり、決まり方はごちゃごちゃになります。

 重要なのは、繰り返し述べますが、決定の仕方が理にかなっているのかどうかです。
現代においては、参政権の配置の時に、年齢を軸としたある種の差別(区別)をすることは、ある程度合理的だ、という風になっています。
しかし、内容を「参政権」から「平穏の中の生存権」、とかに置き換えたとしましょう。話は違ってくる筈です。
 つまり、平穏の中に生きる権利を、年齢で区別しようとするのは、正しくない、とするのが現代社会の根本にあるはずです。 子供手当て、社会保障、育児制度、介護、などなどの諸々の制度がそれらを物語っています(これらについては、詳細を省きます)。

 b'+dの条件に於いては、必ず決定の仕方に敏感でなければならない、という義務的な縛りないしはルールが、働くことになります。
 そして、そのルールを度外視したもの、ルールから外れたものは、正しくないとか、間違っているとかいう言葉に置き換えられたり攻撃の矛先を向けられたりして、排除の方向に向かわされるということになります。

c' これについては、少々急ぎますが、みんなが不完全状態に陥っているというのが面白いポイントでもあります。

 「みんなで我慢をしよう」「みんな苦しいんだから」
 こんな言葉が使われている、古風な日本の社会にあてはまりそうな状況です。

ただし、私的には、かなり現代的な考えにも読み取れます。
 それは、(行き渡っているのは不完全という状況ながらも)構成員の全員が同じ結果になっている若しくはさせられている、という点です。
 これは、「絶対的平等」(昔の記事を参考)の観念、若しくは相対的平等のそれに通ずるものじゃないでしょうか。
 いずれにせよ、平等思想に近いものと言えます。
そして、平等思想を獲得しようとするのが、現代の社会、だといえると思います。

 平等思想をおしすすめた結果、全員が不完全に陥ってしまった、と読むこともできるでしょう。
b' よりマシになったのか、なってないのか。
 これは論者によって、読み手によって、分かれるところだと思います。


 以上、たいへん粗雑な考察でした。
個人的には、全然書いてないc'の方に、より面白みがあると思ってます。
まぁ、共産的な考え方かもしれません。

 aの条件と現実世界のそれとが異なっている、ということから出発をはじめました。
いわばaの条件は、つまり、人1人それぞれに1つのものでようやく完全、という考え方は、「理想」なのかもしれません。 近代人が思い描いたような。
 わたしたち現代人は、もしかしたら、近代人が思い描いたような図面に従って、あれこれ社会を考えている、つまり方法論を考えるのに傾倒しているのかもしれません。

こんな感じですが。w やはり、あまりうまくはまとまりませんでした。
 もと(条件)が不完全だと「考えられている」ものを、どうやって配分するかというテーマでしたからね。これは、僕にとっては圧倒的に難しかったです。
それではっ!

 misty @

 

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学生をやっております。
*好きなモノ・コト
自分哲学すること。
音楽を聴くこと、観ること、演ること、造ること。
映画鑑賞。静かな空間。くたびれた電車の中。美術館。
江國香織。遠藤周作。田口ランディ。

*苦手なモノ・コト
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